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山 名
昇仙峰(261m) 山口県周南市
登山日 2013年2月10日(日) 晴れ 北麓から望む昇仙峰
北麓から望む昇仙峰
参加者 夫婦
コース 徳山西6ガード(10時35分)〜(10:55)四郎谷登山口(11:00)〜荒神社上宮(11:20)〜(11:30)昇仙峰(12:25)〜大将軍の案内板(12:45)〜(12:55)徳山西6ガード
お弁当 昇仙峰山頂で食べました(静かなところで食べたいなら荒神社上宮)
駐車場 徳山西6ガードを潜ったところの変形十字路付近に5台程度停められます
トイレ 昇仙峰山頂(簡易トイレが設置されていました)
まとめ 実家に顔を出さなければと思いつつ2月に入ってしまった。花の見られない冬場は城跡や戦時中の遺構が残されている山が山歩きのターゲットで、今回は戸田の昇仙峰に登ってみることにしました。低山なれど眺めが良い山なので大分県の山が見えるかなと思っていたが、気温が上がった当日は、それは無理な相談だった。下山後に光市の実家に顔を出し翌朝帰広した。

山陽自動車道を徳山東ICで降りて国道2号線を西に向けて走る。戸田に入ったところにMaxValueがあったので、買物を兼ねてトイレ休憩に立ち寄る。開店後間もないので広い店内は冷んやりとしていて寒いくらいだった。徳山西ICへの進入路を過ごした先の信号機付き交差点を左折して夜市川を渡り道なりに進んでいき山陽自動車道のトンネルを潜る。


起点 トンネルを潜り向こう側に出たところが変形十字路になっていて「昇仙峰登山口⇒」の道標が立っていた。左手に駐車スペースがあるので邪魔にならないところに停めて、ここを基点とすることにした。今日は四郎谷コースから登り正面コースで下る予定なので、峠に向けて車道を上っていく。

左手には幾枚もの田んぼがあり、農家の人が畦道の補修をしていた。左手に工場を過ごし峠を越えると左手に牛舎のような建物が見える。
山陽自動車道のガードを潜った地点

案内板 さらに下っていくと 「やまぐちの棚田20選・四郎谷地区」 の看板があり、そこからは狭い谷いっぱいに作られている棚田が目に飛び込んできた。看板のそばに地元中学生が詠んだ歌がありました。⇒ 「車の窓思わず開けて叫ばせた四郎谷の棚田の踊る曲線」

海辺には四郎谷の集落がひしめき合うように建ち並んでいる。美しい棚田とそれを守る人々の集落…いつまでも残しておきたい日本の原風景です。
棚田
四郎谷棚田の案内板 幾枚もの棚田が広がる

棚田の案内のところから心持ち下っていくと、車道が右カーブしている手前に四郎谷登山口がある。とっても凝った標識で「昇仙峰」などの文字がくりぬいてある。どうやって造ったのか?こりゃあ大変だっただろうが、一度造ってしまえば半永久の標識だ!案内標識のところから山道に入ると、すぐに「棚田の展望地」の案内があったが茂っていたのでパスした。

四郎谷ルートは、荒神社の参道として拓かれた道なので石鳥居が迎えてくれる。登山口から5分で文政○年と刻まれている古い鳥居を潜ると、少し勾配が増してくる。参道は北に向けて一直線に上がっている。この道を造った人は曲がったことが嫌いな一途な人だったんだろう。
四郎谷登山口
四郎谷登山口

中腹からの眺め 【中腹からの眺め】 余りの急坂なので一息つく。振り返ってみると眼下に四郎谷が見えて、その向こうの穏やかな瀬戸内海に太平洋戦争中に回天の基地だった大津島が浮かぶ。空気の透明度が低い今日の天気では国東半島を望むことはできませんでした。参道は適当な大きさの石を巧みに組んであり、急坂なれど足に負担がかからないように造られているのが有難い。

門柱 遠くに1本の杭のようなものが見えた。一体なんだろう?登っていくとそれが大きくなり、やがて2本に増えた。近づいて確認すると門柱だった。あまり注意して見なかったが笠木の部分が取れてしまった二の鳥居だったかも?そこは荒神社の上宮で祠が祀ってある。

上宮からは緩やかな樹林の中の道に変わり、踏み跡を辿って進んでいくと軍事施設のある昇仙峰に着いた。
祠
荒神社上宮の門柱 荒神社上宮の祠

探照燈の台座跡 山頂部の一番南に探照燈の台座跡があったので台座の上に立ってみるものの雑木が茂っていて周囲を見渡せない。手持ちの分県登山ガイド「山口県の山」で紹介されている景色とはえらい違いだ。著者のN先生が随分昔に撮った写真と比較するのもおかしいが。

北に進むと昇仙峰の山頂標識が立っている山頂広場があり、そこで景色を眺めていると、正面コースから3名のご婦人が登ってこられた。他にも夫婦連れが…人気のある山なんだな。
山頂
探照燈の台座跡 昇仙峰の山頂標識

山頂からの眺め 【昇仙峰山頂からの眺め】 ガイドブックには「山頂からは360度の展望が得られる」と書かれているが、実際には北東から南にかけて四熊ヶ岳〜瀬戸内海に浮かぶ島々が望め、西方向の一部が切り開かれ防府の田島山が見えるくらいで、樹木が茂ってきた今では見える範囲が限られてきている。だが軍事施設が置かれていた山だけに、徳山湾方面の眺めは期待できます。

山頂の広場から正面コースをほんの少しだけ下ると高射砲か何かの台座があった。簡易トイレの右手にコンクリート造りの兵舎跡があるので覗いてみると、地元のさくらだ幼稚園の園児たちが描いた可愛い絵が掛けてある。廃れて殺風景な建物だけに何だか心が和んできます。台座といい兵舎跡といい、何となく宮島御床山の南西尾根標高230m付近に点在する遺構とダブってしまいます。

兵舎跡の前には展望図が設置されているがパノラマ図が随分薄くかすれてきていて、目に飛び込む風景との対比が難しかった。目の前の斜面には植樹されたサクラが大きく育っていて、花見の時期は大いに賑わうだろう。山頂にある仮設トイレの利用主目的は花見用か?
兵舎跡
「憩の館」と名付けられた兵舎跡

常緑樹林の中を下る お昼と史跡探索を済ませ、正面コースを下る。山頂からは幅の広い道が東に下っている。軍事施設を造ったときの道が今でも消えずに残っているんだろう。

常緑樹林の中に入り粘土質の滑り易い道をジグザグに下っていると、谷間の道に変わり暫く下っていくと大将軍(経塚)の案内があったが、道が荒れていそうなので見学はパスする。ここまで舗装路が上ってきていた。
大将軍の案内板
常緑樹林の中を下る 大将軍の案内板

登山口 遠くに見える湯野観音岳や四熊ヶ岳、眼下の山陽自動車道徳山西ICの景色を楽しみながら舗装路を下っていくと正面コースの登山口に下りてきた。そこだけ路肩が広くなっていて5台くらい停められるスペースがある。自動車道路の本線進入路沿いに下っていくとスタート地点に戻ってきた。

ゆっくりあるいて山頂でのんびり過ごしたにもかかわらず所要時間は2時間と少しだった。登山道は整備されていて、山頂からの眺めも良いので散歩気分で気楽に登られる里山でしょう。
山陽自動車道に隣接した正面コース登山口

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