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山 名
奥山(391m) 大山(223m) 青影山(275m)
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広島県尾道市因島
登山日 2010年1月16日(土) 晴れ時々曇り 青影山(土生港付近より)
土生町から望む青影山
参加者 夫婦 Hさん
コース 椋浦峠(8時55分)〜(9:30)奥山(9:40)〜大山峠(10:10)〜(10:20)東屋(10:25)〜三角点(10:37)〜(11:05)青影山(11:40)〜(12:00)車道終点〜(12:10)宝寿寺 以下略
お弁当 青影山山頂手前の休憩所で食べました(お弁当候補地はたくさんあります)
駐車場 土生町内の迷惑にならないところに停めました
トイレ 市民会館(水洗です)
まとめ 日本列島に近冬一番の寒波が襲来して広島市内でも金曜日まで3日続けて雪が降った。こんな天気だから暖かな地域の山に登るに限ります。やはり気候温暖な瀬戸内の因島、雪はちらついただけで、積もることはおろか雪化粧することもなかったそうでした。

しまなみ海道を因島北ICで降り、新しく開通した大山トンネルを抜けて因島の南側に出る。土生町内の迷惑にならないところを探して駐車して、登山支度を終えたところに、事前に連絡しておいた因島タクシーがやってきた。今日は午後所用があるので時間節約のため止む無くタクシーを利用することにして、出発地点の椋浦(むくのうら)峠まで運んでもらう。


椋浦峠 椋浦峠の海抜は117メートル。本来ならば海抜0メートルからスタートしたいところだったが…少し不本意だが致し方ない。峠には延命太子のお堂があり、中に入ると線香が焚かれ清められている。きっと地元の人が早朝にお参りと清掃に訪れんだろう。御苦労さまです。

お堂と山火事防止のでっかい看板の間が登山口です。登山口を入ると左手に瀬戸内海国立公園歩道の大きな案内板があり、今日辿るルートが詳しく描かれている。だが案内板を見ると、南側が上になっているので、自分にとっては少々不自然な感じがした。やはり北が上であって欲しい…の…だが。
椋浦峠(お堂の右手が登山口)

登山口から奥山までは、横木の階段の登りが続く。高度が上がるにつれて見晴らしが良くなってきて、瀬戸内海に浮かぶ数々の島が見えてきた。北東の海辺に椋浦地区の数十軒の家屋が軒を寄せ合うように建ち並んでいる。その遥か向こうには沼隈半島が見える。もしかしたら鞆の浦が見えるかなと思ったが見える訳はない。

この山にはアベマキが多い。登山道にはアベマキのドングリが無数に落ちている。やがて照葉樹の森に変わり、山頂まであと200mの標識を過ごすころから、遊歩道わきに石仏が現れてきた。
横木の階段
横木の階段が続く

椋浦集落 弓削島
北東に椋浦の集落が建ち並んでいる(未だ日が差し込んでいない) 南に陽光きらめく愛媛県の弓削島(奥の横長の島)が浮かぶ

奥山山頂 のんびり登っていくこと椋浦峠から35分で2等三角点の鎮座する奥山に着く。山頂部はとても広く、東屋、2枚の案内パネル、案内板、数体の石仏が並ぶ。だが奥山の由来が書かれていてと思われる案内板は、フレームだけになっていて肝心な部分がなく、哀れな姿に変わってしまっている。

山頂からは、西方向を除き展望がある。案内パネルに描かれた地名・島名入りの絵と目の前に展開する景色を照らし合わせて瀬戸の海に浮かぶ島を一つづつ確認する。余りにも島が多く、しかも入り組んでいるので案内パネルがないと同定は難しいだろう。南側には愛媛県の島が並ぶ。北北西にはフラワーセンターの裏山の白滝山が見え、瀬戸内海を隔てて本土が霞んでいる。
広い奥山(観音山)の山頂

奥山山頂からの眺め
奥山山頂から南側の眺め(見えているのは愛媛県の島ばかりです。土生港は写真の右端です)

奥山からは西へ延びる尾根道を下っていくと13分で東屋に着く。左手の小高いところにあるので立ち寄らなかったが、きっと展望は良いんだろう。338m独標点の左手から尾根の南斜面を下っていくと、踏み跡の薄い道が左に下っている。何の道?心持ち登って南に急下ったところで、左手から道が合わさったので巻き道だと悟った。

登山道は整備が行きとどいていて気持ちよく歩ける。瀬戸の素晴らしい景色を満喫しつつ、のんびりと下っていく。心の中では所要時間を気にしながらではあったが…。行く手には青影山の手前の風呂山(302m)の山塊が見えてきた。
遊歩道
立派な遊歩道

大山峠 谷に下りて谷沿いの道を下っていくと十字路になっている大山峠に着く。いま歩いている奥山〜青影山間の遊歩道は因島の中央部を東西に走っていて、その中間にあたる大山峠は南側の田熊町と北側の中庄町の間の連絡道だったと思われ、今でも舗装の跡が残っている。だが大山トンネルが貫通したので、この道を歩く人は少なくなっただろう。

峠からは緩やかに登っていく。右手にお堂を過ごし、小コブを左から巻いて進んでいくと東屋が見えてきたので小休止して眺望を楽しむ。
昔の連絡道が走る大山峠

展望東屋からの眺め
展望東屋からの眺め(奥山よりは見える範囲が西に移ってきた)

東屋から十字路鞍部まで下ると、大山峠と同じように、中庄町−田熊町間の連絡道が走っていた。少し登って小コブを過ごすと「青影山まであと1050m」の案内標識のある4等三角点のあるピークに着く。ここが大山だと思う。

もう一度下り、横木の階段の多い急坂を登ったところで、アミューズトラベルの一行と出合う。この情報は事前にサイトで予習していたときに偶然見つけたので、おそらく青影山の手前のあたりですれ違うだろうと思っていたが予想どおりだった。平坦な道を進んでいくと、行く手に青影山手前にある東屋が見えた。もう少しだ。
遊歩道
遊歩道(大山の少し先の登り)

ベンチのある十字路鞍部まで下り、急斜面にジグザクに付いた道を登っていくと展望東屋のある青影山の一角に着く。そこからさらに100mほど西に進んだところが青影城址の残る青影山山頂だ。周囲には雑木が茂り展望を邪魔している。

【青影城跡】 標高277mの青影山の頂にあり、元弘年間村上義弘が居城してから、1596年(慶長元年)第10代村上吉虎が世を終わるまで約260余年村上家累代の城であった。当時をしのぶものとして本丸跡と二の丸の平坦地、それをつなぐ通路が一段低くなって頂上を形成。本丸の下に武者走り、東に三の丸の城門、石風呂、井戸等の跡があり、1957年(昭和32年)9月広島県史跡として制定された。(山頂の案内板より)
青影山
青影山山頂(青影城の本丸跡)

記念碑 東屋のあるところまで戻ってお昼にする。東屋の傍に建武の中興600年記念「青影山登山路改修記念碑」が建っている。建武の中興に村上水軍がどのように関わっていたのかは勉強不足でわからないが、その当時から村上水軍が瀬戸内海を中心に活動していたのは明らかだ。

東屋の建っているところからは南側を中心に展望があり、眼下に田熊や土生の町が見える。海沿いに見える造船所のクレーンは因島ならでわの光景だ。いくら温暖な因島と雖も山頂部は風が通り抜けるが、それを遮るものがなく、ゆっくりしていると体が冷えてきたので、お昼を早めに切り上げて下山にかかる。
青影山登山路改修記念碑

十字路鞍部 十字路鞍部まで下り、右折して下っていく。やがて尾根に乗ると「番外・奥の院へ」の案内標識がある。番外とは?因島八十八ヶ所霊場の選に漏れたということなのか?

さらに下っていくと車道に出合う。ここが青影山の登山口となっていて、青影山登り口の案内標識とともに因島八景の石柱がある。青影山山頂からの眺めが因島八景のうちの一つなのか?ネットで調べても判らず!
車道終点
十字路鞍部で右折する 舗装路の終点に登り口がある

どこからか正午を告げる「ふるさと」のメロディが流れてきた。春の気配が感じられる舗装路を道なりに下っていく。道ばたには蝋梅の淡黄色の花が咲き、ジャスミン系の甘い香りを漂わせていて、スイセンの花も絶えることなく咲いている。ウメの花も咲いているぞ。民家の近くまで下ってくると、傍の畑に実を付けたたくさんのミカンの木が…道に落ちているものあるが勝手に拾ってはいけんじゃろう。

送電線鉄塔のそばを左回りに下っていくと、青影山登り口の案内標識のある変形三差路に出た。少し先に因島八十八ヶ所第62番宝寿寺のお堂がある。直進して地形図に載っていない道を下っていくと浄土寺のところに出た。(以下、略)
登り口
宝寿寺のところにある登り口

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